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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)152号 判決

埼玉県草加市栄町2丁目4番5号

原告

三山工業株式会社

同代表者代表取締役

高橋英三

同訴訟代理人弁理士

萼経夫

成田敬一

中村寿夫

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

同指定代理人

外山邦昭

佐藤雄紀

中村友之

関口博

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が、平成3年審判第18617号事件について、平成4年6月2日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。

2  被告

主文と同旨の判決。

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和60年1月16日、名称を「壁面昇降用安全網」とする考案(以下「本願考案」という。)につき、特許庁に対し、実用新案登録出願(以下「本願」という。)をしたところ、平成3年7月19日、拒絶査定がなされたので、平成3年9月24日、審判を請求した。

特許庁は、上記請求を平成3年審判第18617号事件として審理の上、平成4年6月2日、「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決をし、その謄本は、同年7月8日、原告に送達された。

2  本願考案の要旨

コンクリート壁、またはマンホール内壁の昇降用に埋設されている足掛金具の足掛部の両端部に、内側に昇降可能な大きさの輪状部材を順次固着し、該輪状部材の周縁に複数個の保持材を交差する方向にボルトを用いて架設させ、全体として円柱状の枠体を形成し、該枠体を足掛金具に固着したことを特徴とする壁面昇降用安全網(別紙図面1参照)。

3  審決の理由の要点

(1)  本願考案の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  引用例の記載

〈1〉 引用例1

本願考案の出願前に日本国内に頒布された刊行物である実公昭56-54314号公報(引用例1)には「化学反応塔、貯油タンク、煙突、架構、建造物等にラグで取り付けられている昇降用定置梯子3において、梯子3の所定の高さに、内側に昇降可能な大きさのC型枠10を順次固着し、C型枠10の周縁に複数個の垂直材13を交差する方向にボルトナットを用いて架設させ、全体として円柱状の安全囲を形成し、該枠体を梯子3の所定の高さに固着すること」が記載されている(別紙図面2参照)。

〈2〉 引用例2

実願昭48-1119号(実開昭49-107199号)の願書に添付した明細書又は図面を撮影したマイクロフィルム(昭和49年9月12日特許庁発行、引用例2)には「梯子1のステップバーとなる、軽金属等で作成された横桟2の左右端部に、避難者の身体を囲むようにして保護する保護枠部材3を固着した」ことが記載されている(別紙図面3参照)。

(3)  本願考案と引用例1との対比

〈1〉 一致点

引用例1に記載の「C型枠10」、「垂直材13」及び「安全囲」は、それぞれ、本願考案の「輪状部材」、「保持材」、「枠体」に相当し、引用例1に記載の「化学反応塔、貯油タンク、煙突、架構、建造物等」には、「コンクリート壁」が含まれることは明らかであるので、両者は、

「コンクリート壁等に取り付けられている昇降用定置梯子に、内側に昇降可能な大きさの輪状部材を順次固着し、該輪状部材の周縁に複数個の保持材を交差する方向にボルトを用いて架設させ、全体として円柱状の枠体を形成し、該枠体を昇降用定置梯子に固着したことを特徴とする壁面昇降用安全網」である点で一致する。

〈2〉 相違点

(a) 相違点1

安全網の取り付けられる昇降用定置梯子が本願考案のものは「コンクリート壁、またはマンホール内壁に埋設されている足掛金具」であるのに対して、引用例1記載のものは「コンクリート壁等にラグで取り付けられた梯子」である点(相違点1)。

(b) 相違点2

輪状部材が固定される部分が、本願考案のものは「足掛金具の両端」であるのに対して、引用例1記載のものは「梯子の縦桟」である点(相違点2)。

(4)  判断

〈1〉 相違点1について

構造物に取り付けられる昇降用定置梯子として、構造物の壁に複数の足掛金具を埋設したものは本願出願前、例示するまでもなく周知であることから、安全網を設ける昇降用定置梯子を、壁に足掛金具を埋設したものとすることは、当業者がきわめて容易になしうるものと認める。

〈2〉 相違点2について

身体保護用の輪状部材を足掛金具の両端に固定することは、引用例2に記載されていることから、壁に足掛金具を埋設した昇降用定置梯子に引用例1に記載の安全網を取り付ける際に、安全網の輪状部材を足掛金具の両端に固定することは、引用例2に記載の技術を採用し、当業者がきわめて容易になしうるものと認める。

〈3〉 作用効果

本願考案の奏する効果は、引用例1及び2に各記載の考案及び前記周知技術から当業者であれば予測することができる程度のものであって、格別のものとはいえない。

(5)  むすび

したがって、本願考案は、本願の出願前国内において頒布された引用例1及び引用例2に各記載の考案及び前記周知技術に基づいて、当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであるから、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

(1)  審決の理由の要点(1)(本願考案の要旨)及び(2)(引用例の記載)は認める。同(3)〈1〉のうち、「昇降用定置梯子」が本願考案と引用例1との一致点と認定したこと、及び、同(3)〈2〉(a)のうち、本願考案と引用例1との一致点を「昇降用定置梯子」と認定したこと、同(3)〈2〉(b)のうち、本願考案において、輪状部材が固定される部分を「足掛金具の両端」と認定したことは争い、その余は認める。同(4)及び(5)は争う。

(2)  取消事由

〈1〉 一致点の認定の誤りによる相違点の看過及び相違点1の認定の誤り(取消事由1)

審決は、引用例1記載の昇降用定置梯子と本願考案の足掛金具と一致していると誤って認定した結果、相違点1を誤って認定した。

本願考案は、「現在コンクリート壁やマンホール内壁などの直壁を昇り降りするために全体としてコ字形状の足掛金具を壁面に埋設して用いられている。該足掛金具は、鉄鋼材料を心材とし、手足を掛ける部分には樹脂が被覆されていて、該被覆部には種々のすべり止めが施されている。このような足掛金具を用いて垂直壁を昇り降りする場合には、手と足の全てを使い一手一足ごとに慎重に行動しなければならない。しかし、バランスをくずしたり足の踏み外しによる落下の不安感がいつも伴っている。また、足掛金具以外に周囲にはつかまる物もなくより不安感を高めている。」(甲第2号証1頁17行ないし2頁12行、同第3号証の1、7(2))という状況下にある足掛金具についての改良に関するものである。本願考案は、本願考案の要旨の構成を採択して、上記の課題を解決したものである。

足掛金具は、一個としては単なるコ字形等の金具であって、現場において一個一個、上下左右関係に配慮されながら壁面にその基部を埋設して取り付けられ、足場を形成するものである。その利点は、現場への運搬が容易であること、取付け位置の自由さがあることで、例えば、一個ごとにずらして千鳥状態に配置して、昇降者の手足の位置に合致させた状態などにすることができる。

これに対して、梯子は、二本の平行な支桿の間に複数の足掛横木を固定したもので、梯子の支桿の上部及び下部を、安定した場所に寄り掛けるか、又は支桿を固定することによって使用するが、梯子の利点としては、支桿の取付け箇所さえしっかりした場所を選べばその中間部分はどのような状態の場所でも使用できる利点、また、支桿を固定するものにあっては固定箇所が少なくてすむという利点がある。縄梯子は、梯子の支桿を縄等に置き換えたものであって、その利点は、格納しやすく、かつ綱等の上端部さえしっかりと固定すれば、その中間部分及び下端部がどのような状態でも使用できる点にある。

以上のことから判断して、本願考案の「足掛金具」は引用例1記載の考案の「昇降用定置梯子」の概念に入らない。

したがって、本願考案では安全網の取り付けられる箇所が足掛金具であるのに対し、引用例記載の考案では、昇降用定置梯子である点で相違する。

しかるに、審決は上記相違点を看過し、相違点1の認定を誤った。

〈2〉 相違点2の認定の誤り(取消事由2)

輪状部材が固定される部分が本願考案のものは「足掛金具の足掛部の両端部」であるのに対し、引用例1記載の考案のものは「梯子の縦桟」である点において、両者は相違しているところ、審決は、相違点2の認定において、本願考案の輪状部材は足掛金具の両端に固定されていると誤って認定した。

「足掛金具の足掛部の両端部」は、足掛金具全体からみると途中に当たるところ、「足掛金具の両端」と特定すると足掛金具の取付け部を指すことになり、異なった部分となる(本願考案では、コンクリートに埋設する部分となり、輪状部材の固定箇所が異なる。)

〈3〉 相違点1の判断の誤り(取消事由3)

足掛金具は、壁面に片持ち状に埋設固定されているものであり、少なくとも荷を背負った人の荷重がこれに加わるものであるから、これに耐える強度を必要とし、しかも、空気又はガスによる酸化腐食を防止するため露出部分全体を合成樹脂で被覆してあるので、頑強な構成となっているから、他の部材の取付けは容易でなく、当然、足掛金具の足掛部の両端に安全網を取り付けることも容易でなく、本願考案の実施例(別紙図面1の第3図)に示すような、足掛金具2の足掛部の3の両端部3’にポール穴5を形成するような発想により初めて安全網が取付け可能となったものである。そして、かかる発想に基づいて、本願考案は足掛金具の足掛部の両端に安全網を取り付ける構成を採択したのである。

したがって、本願出願前、足掛金具自体に他の構造物を取り付けるような発想はなかったのであるから、安全網を設ける昇降用定置梯子を、足掛金具に転用すること(いいかえれば、引用例1記載の考案の「ラグで取り付けられた梯子」に採用された構成を本願考案の足掛金具に転用すること)は当業者がきわめて容易になし得るものではない。

〈4〉 相違点2の判断の誤り(取消事由4)

引用例2記載の梯子は引用例1記載の縦桟を有する梯子とは異なり、縄梯子のような構造で横桟となる「ステップバー2」間の部材が折れ曲がり、全体として折り畳み自在に構成されている。そして、不使用時は箱の中に収納され、使用時には伸展されて上部から吊り下げられ、その中間は支持されるようには構成されていない形式の避難梯子である。そのようなステップバーの両端部に保護環帯3が取り付けられる構成となっているが、具体的な固定方法については、引用例2には記載されていない。上記のとおり、引用例2記載のステップバーの構造と本願考案の足掛金具の構造とは異なっているから、ステップバーにおける保護環帯の取り付け方法から足掛金具における安全網の取り付け方法を想到するものではない。さらに、本願考案における足掛金具においては、輪状部材が固定される箇所として、足掛部の両端部の他に、取付け基部とか支持部が一応考えられるのであるから、引用例2記載の考案の構成から直ちに、輪状部材を足掛金具の足掛部の両端部に取り付けることを想到するものではない。すなわち、引用例1に記載された安全網の取付け箇所として、引用例2記載の保護環帯の取付け箇所を適用しても、本願考案の構成のような輪状部材の取付け箇所が「足掛金具の足掛部の両端部」となることに想到することにはならない。したがって、引用例1記載の安全網を取り付ける際に、引用例2記載の技術を採用して、本願考案の構成である「足掛金具の足掛部の両端部」に取り付ける構成を採択することは、当業者がきわめて容易になし得るものではない。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の反論

1  請求原因1ないし3は認め、同4は争う。

2(1)  取消事由1について

「梯子」とは、広義には、「昇降の具または構造物」をいい(乙第4号証)、人が昇降する壁面を備えた構築物の技術分野において、単に昇降用の複数の足掛りの基部を壁面に埋設固定した構造物を表す用語として、従来から普通に使用されている(乙第5ないし第7号証)ものであることからみて、「昇降用定置梯子」とは、定置して壁面を昇降するための足掛りを有する構造物であるというべきである。

しかして、本願考案の「壁面昇降用安全網」における足掛金具は、定置して壁面を昇降するための足掛りを有する構造物であるから、昇降用定置梯子であり、引用例1記載の梯子も定置して壁面を昇降するための足掛りを有する構造物であるから、両者は、定置の足掛りを有する昇降用定置梯子に含まれる。

審決は、両者の上位概念として、「昇降用定置梯子」を用いたもので、審決の認定に誤りはない。

(2)  取消事由2について

審決は、本願考案の要旨認定にあたって、本願考案における輪状部材が固定された部分を「足掛金具の足掛部の両端部」と認定しており、この認定のもとに、本願考案と引用例1記載の考案とを対比しているものであって、「足掛金具の両端」は「足掛金具の足掛部の両端部」を意味する。したがって、両者の意味するところに実質的な違いはなく、審決の認定に誤りはない。

原告主張の足掛金具の足掛部の両端部にポール穴を形成する構成は、本願考案の必須の構成要件とはなっていないばかりでなく、足掛金具の足掛部の両端部に他の部材を取り付けるための穴を形成することは本願出願前から既に行なわれている(乙第5号証)。

(3)  取消事由3について

本願考案と引用例1記載の考案とは、壁面を昇降するために定置された足掛りを有する昇降用定置梯子である点で一致するものであるから、同じ技術分野に属し、かつ、昇降者の身体保護を図り安全を確保するという点で同じ目的を有するものである。

しかも、両考案の属する技術分野において、足掛金具をコンクリート壁又はマンホール内壁に埋設することは、本願出願前周知のことである(乙第1ないし第3号証)。

したがって、引用例1記載の安全網を設ける昇降用定置梯子を、壁に足掛金具を埋設したものとすることは、当業者において、きわめて容易になし得ることであるから、審決の相違点1についての判断に誤りはない。

(4)  取消事由4について

引用例2には、「梯子1のステップバーとなる、軽金属等で作成された横桟2の左右端部に、避難者の身体を囲むようにして保護する保護枠部材3を固着した」点が記載され、この保護枠部材、すなわち身体保護用の輪状部材は、本願考案及び引用例1記載の考案における身体保護用の輪状部材と同じく、昇降時の身体保護を図り、安全を確保するという目的で、梯子のステップバーの左右端部、すなわち足掛部の両端部に固定するものであることからみて、引用例2記載の保護枠部材の固着技術を、足掛金具の足掛部と身体保護用の輪状部材との固定に際して適用することは、当業者において格別困難性はないことは明らかであるから、審決の相違点2についての判断に誤りはない。

なお、原告の引用例2にはステップバーの保護環帯の取り付け方法が記載されていないから本願考案の足掛金具における安全網取り付け方法を想到できないとの主張については、本願考案においては、輪状部材の具体的固定方法は必須の構成要件となっておらず、かかる点についての進歩性は審決の判断するところではない。

第4  証拠関係

証拠関係は記録中の証拠目録の記載を引用する(書証の成立についてはすべて当事者間に争いがない。)。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願考案の要旨)及び同3(審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。

2  本願考案の概要

甲第2号証及び第3号証の1ないし3(以下、総称して、「本願明細書」という。)によれば、コンクリート壁やマンホール内壁の昇り降りをより安全にできるようにする壁面昇降用安全網に関するもの(甲第2号証、1頁13行ないし15行)であって、従来の、壁面に埋設して用いられているコ字形状の足掛金具は、鉄鋼材料を心材とし、手足を掛ける部分には樹脂が被覆されていて、該被覆部には種々のすべり止めが施されているが、このような足掛金具を用いて垂直壁を昇り降りする場合には、バランスをくずしたり足の踏みはずしによる落下の不安感がいつも伴い、足掛金具以外に周囲にはつかまる物もなくより不安感を高めていたので(同号証、1頁17行ないし2頁12行、同第3号証の1、2頁7(2)項)、本願考案は、かかる課題を解決するために、実用新案登録請求の範囲記載のとおりの構成を採択し(同号証、2頁14行ないし18行、同第3号証の1、2頁7(4)項、同第3号証の2、2頁7(2)項、同第3号証の3、2頁7(2)項)、身体保護に有効で昇降時の安全を確保し事故の減少に寄与する(同第2号証、4頁6行ないし7行、同第3号証の3、2頁7(3)項)ものであることが認められる。

3  取消事由について検討する。

(1)  取消事由1について

原告は、本願考案の足掛金具は引用例1に記載されている昇降用定置梯子の概念には入らないと主張する。

乙第4号証(建築大辞典 彰国社 昭和51年3月20日 第1版第1刷 同59年2月10日 同版第8刷発行)によれば、「梯子」について、「昇降の具又は構造物。2条の長い部材に足掛りとして、何条もの横木を一定間隔に取り付けたもの。」と定義されていると認められる。かかる定義によれば、梯子とは、2条の長い部材に足掛りとして、何条もの横木を一定間隔に取り付けた昇降の具又は構造物であると解される。

乙第1号証(実願昭50-33443号((実開昭51-114825号公報))の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム)には、「両端を支持腕としたコ字状の足掛金物」(1頁5行)、「ダム、発電所、ビル、マンホール等に用いるコ字状タイプの足掛金物」(1頁9行ないし10行)が記載され、同第2号証(特開昭54-82838号公報)には、「足掛部及び両腕部でコ字状を形成し、両腕部の先端に抜止部を有する足場金具を上下方向に複数個配設してなる昇降装置」(1頁左下欄5行ないし7行)、「岸壁、マンホール等の側壁に足場金具を上下方向に複数個配設し」(1頁右下欄17行ないし18行)と記載され、同第3号証(実願昭53-41815号((実開昭54-144741号公報))の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム)には、「コ字状足場金具」(1頁4行)、「マンホール、発電所、ビル等に於いて昇降用として用いられる足場金具」(1頁13行ないし14行)が記載されていることが認められ、上記記載によれば、コ字状の単体の金具をマンホール等の側壁に複数個配設して全体として昇降の用に供する構造物が本願の出願(昭和60年1月16日)前周知であったことが認められる。

また、乙第5号証(実願昭56-35592号((実開昭57-148000号公報))の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム)には、全体として昇降の用に供される、壁面に水平に固定された複数個の略コ字状の足掛具が「はしご」(2頁11行ないし12行、第1ないし第5図)として記載され、同第6号証(特開昭49-42116号公報)には、全体として昇降の用に供する、壁面に水平に固定された複数個の略コ字状の足掛具が「はしご段」(2頁左下欄14行ないし15行、第6図の符号9((4頁)))、「はしご」(6頁右下欄4行、第6図の符号18((8頁)))として記載され、同第7号証(特開昭57-40052号公報)には、全体として昇降の用に供する、壁面に水平に固定された複数個の略コ字状の足掛具が「梯(はしご)」(第1ないし第3図の符号6)として記載されていることが認められ、上記記載によれば、前記乙第4号証の定義にかかわらず、本願出願前、コ字状の単体の足掛具をマンホール等の側壁に複数個配設して全体として昇降の用に供する構造物を表す用語として、「梯子(はしご)」を使用することが、マンホール等の側壁に設けられた昇降用構造物の分野で、普通であったと認められ、原告主張のように、二本の平行な支桿の間に複数の足掛横木を固定したものに限って「梯子」の用語を使用していたとは認められない。

以上によれば、「梯子」の用語は、前記乙第4号証で定義された、「2条の長い部材に足掛りとして、何条もの横木を一定間隔に取り付けた昇降の具又は構造物」である「本来の梯子」だけでなく、「コ字状の単体の足掛具を側壁に複数個配設して全体として昇降の用に供する構造物」を含む上位概念として、マンホール等の側壁に設けられた昇降用構造物の技術分野で用いられていたものと認められる。

一方、前記のとおりの本願考案の要旨によれば、本願考案は、個々の足掛金具の単体を対象とする考案ではなく、複数の足掛金具を備えた全体構成からなる構造物をその考案の対象としているものと解される。

とすると、本願考案の対象となっている構造物は、個々のコ字状の単体の足掛金具からなる昇降用の構造物であって、壁面に固着されているものであるから、昇降用定置梯子の一種であると認められる。

これに対して、前記引用例1の記載及び甲第4号証(実公昭56-54314号公報、引用例1)の第3図によれば、引用例1記載の考案は、ラグで壁面に固定されている「2条の長い部材に足掛りとして、何条もの横木を一定間隔に取り付けた昇降の具又は構造物」を対象としているものと認められ、かかる構造物は昇降用定置梯子と認められる。

したがって、本願考案と引用例1記載の考案とは、「昇降用定置梯子」で一致するとした審決の認定に誤りはなくかかる認定を前提とした審決の相違点1の認定にもまた誤りはない。よって、取消事由1は理由がない。

なお、本願考案の「コ字状の単体の金具を側壁に複数個配設して全体として昇降の用に供する構造物」の構成と引用例1記載の考案の「本来の梯子」の構成との相違について、審決は、相違点1として、安全網の取り付けられる昇降用定置梯子が、本願考案のものは「コンクリート壁、またはマンホール内壁に埋設されている足掛金具」であるのに対して、引用例1記載のものは「コンクリート壁等にラグで取り付けられた梯子」である点と認定して、「足掛金具」と「本来の梯子」との相違点についても判断しているものと解される。

(2)  取消事由2について

原告は、審決が相違点2の認定において、「足掛金具の両端」と認定した点を捉え、「足掛金具の足掛部の両端部」と認定すべきであったと主張する。

前記のとおりの審決の理由の要点によれば、審決は、本願考案の要旨として認定した、実用新案登録請求の範囲の記載と引用例1の記載とを対比していると認められるところ、審決においては、本願考案の要旨認定にあたり、本願考案における輪状部材が固定される部分を「足掛金具の足掛部の両端部」と認定しており、この認定をもとに、審決は本願考案における輪状部材が固定される部分を「足掛金具の両端」と記載しているのであるから、これは本願考案の要旨として認定した、「足掛金具の足掛部の両端部」の趣旨で用いられているものと認められ、したがって、審決の「足掛金具の両端」との認定は、「足掛金具の足掛部の両端部」と実質的な違いはないと認められる。

もっとも、原告は、「足掛金具の両端」と特定すると、本願考案では、コンクリートに埋設する部分となり、輪状部材の固定箇所が異なると主張するが、前記のとおり、審決が認定した本願考案の要旨と「足掛金具の両端」とを総合的にみれば、輪状部材の固定箇所がコンクリートに埋設する部分になるとは解されず、原告の上記主張は採用できない。よって、審決の相違点2の認定に誤りはない。

(3)  取消事由3について

引用例1(甲第4号証)には、「本考案は、高所梯子用折畳式安全囲に関するものである。化学反応塔、貯油タンク、煙突、架構、建造物等の昇降用定置梯子の地上及び中間プラットフォームより約2m以上の高さの位置には、安全囲を設置して、梯子を昇降中の作業員が転落した際大きく外へ飛び出して大事故になるのを防止している。」(1頁1欄26行ないし32行)、「本考案はかかる実状に鑑みて、輸送費を節減することができ、また梯子への取付けを溶接技術者でなくとも、また溶接設備が無くとも簡単に組立、取付けができるように改良した折畳式安全囲を提供せんとするものである。」(1頁2欄9行ないし13行)旨の記載があることが認められる。

上記記載及び前記2に判示したところによれば、本願考案と引用例1記載の考案とは、昇降者の身体保護を図り安全を確保するという点で、同じ目的を有するものであると認められる。そして、前記(1)のとおり、マンホール等の側壁に設けられた昇降用構造物である点で同じ技術分野に属するものである。

しかも、前記(1)のとおり、コ字状の単体の金具をマンホール等の側壁に複数個配設して全体として昇降の用に供する構造物は、本願出願前周知であった。

とすると、昇降者の身体保護を図り安全を確保するという目的で、引用例1記載の昇降用定置梯子に安全網を設けるという技術手段を、本願考案の壁に足掛金具を埋設した建造物に利用しようとすることは、当業者が極く自然に考えることと解される。

もっとも、原告は、足掛金具は、頑強な構成となっているから、他の部材の取付けは容易でなく、足掛金具の足掛部の両端部にポール穴を形成するような発想により初めて安全網が取付け可能となったものであり、本願出願前、足掛金具自体に他の構造物を取り付けるような発想はなかったのであるから、引用例1に記載された考案の「ラグで取り付けられた梯子」に採用された構成を本願考案の足掛金具に転用することは当業者がきわめて容易になし得るものではないと主張する。

しかしながら、足掛金具が頑強な構成となっているために他の部材の取付けが容易でないことは、かかる構成の適用にあたって、当業者が考慮すべき技術問題にすぎず、また、前記乙第5号証には、足掛金具に手摺を固着する手摺挿通孔あるいは保持手段を設けた構成が記載されていることが認められ、本願出願前、足掛金具自体に他の構造物を取り付ける技術がなかったとも認められないから、かかる問題の存在が、他の部材の取付けを想到することを困難ならしめるとは認められず、原告の上記主張は採用できない。

したがって、審決の相違点1についての判断に誤りはない。

(4)  取消事由4について

前記引用例2の記載及び甲第5号証(実願昭48-1119号((実開昭49-107199号))の願書に添付した明細書又は図面を撮影したマイクロフィルム((昭和49年9月12日特許庁発行))引用例2)の「(1)は本考案に係る避難梯子、(2)はその各段のステップバーとなる横桟であって、断面形状が略コ字状又はU字状に形成されている。…(3)は各ステップ毎に設置された保護枠部材であって帯状平板あるいは棒状部材で形成され、その両端部はそれぞれステップバーの左右端部に固着され、避難者の身体を囲むようにして保護するものである。」(2頁1行ないし10行)との記載によれば、引用例2記載の考案の身体を囲むようにして保護する保護枠部材は、本願考案及び引用例1記載の考案における身体保護用の輪状部材と同じく、昇降者の身体保護を図り、安全を確保するという目的で、梯子のステップバーに固着するものであるから、引用例2に記載された考案の保護枠部材の固着技術を、足掛金具と身体保護用の輪状部材との固着に際して適用することは、当業者において格別困難なことではないと認められる。そして、引用例2記載の考案は、ステップバーの両端部に保護枠部材を固着しているものであってみれば、足掛金具に輪状部材を取り付ける場合、足掛金具の足掛部の両端部を選択することは当業者が必要に応じてきわめて容易に採用し得た程度のものであると解される。

原告は、引用例1記載の梯子と引用例2記載の梯子とは、構造が異なり、引用例2には具体的な固着方法について記載がないから、ステップバーにおける保護環帯の取り付け方法から足掛金具における安全網の取り付け方法を想到するものではないと主張する。

しかしながら、前記甲第5号証(引用例2)によれば、引用例2の保護環帯のステップバーの両端への取付けは折畳み自在の梯子にのみ適用する特殊なものであるとは認められず、また、引用例2に具体的な固着方法について記載がなくとも、前記(3)のとおり、足掛金具自体に他の構造物を取り付ける技術を適用することは、当業者が必要に応じてきわめて容易に採用し得た程度のものであるから、原告の上記主張は理由がない。

なお、本願明細書の実用新案登録請求の範囲には、「輪状部材を順次固着し」とのみ記載され、輪状部材の固着方法については何ら規定されていないと認められ、また、考案の詳細な説明の項においても、輪状部材の固着方法については、「本考案は、上記問題点を解決するための手段として、コンクリート壁、またはマンホール内壁の昇降用に埋設されている足掛金具の足掛部の両端部に、内側に昇降可能な大きさの輪状部材を順次固着し、該輪状部材の周縁に複数個の保持材を交叉する方向にボルトを用いて架設させ、全体として円柱状の枠体を形成し、該枠体を足掛金具に固着したものである。」(甲第2号証、2頁14行ないし18行、同第3号証の1、2頁7(4)項、同第3号証の2、2頁7(2)項、同第3号証の3、2頁7(2)項)と記載したうえ、実施例の説明においてのみ、ポール穴を形成することが記載されていると認められるから、本願考案においては、足掛金具の足掛部の両端部にポール穴を形成することは、構成要件とはされておらず、また、ポール穴を形成せずに他の方法で輪状部材を足掛金具の足掛部の両端部に固着することを排除してもいないものと認められる。したがって、引用例2にステップバーにおける保護環帯の具体的取付け方法の記載がなくとも、当業者が適宜の取付け方法を採用して、安全網の輪状部材を足掛金具の足掛部の両端部に固定する構成を想到すれば足り、本願考案の実施例で開示されているような足掛金具における安全網の具体的な取付け方法を想到するまでの必要はない。

さらに、原告は、本願考案における足掛金具においては、輪状部材が固定される箇所として、足掛部の両端部の他に、取付け基部とか支持部が一応考えられるのであるから、引用例2記載の考案の構成から直ちに、輪状部材を足掛金具の足掛部の両端部に取り付けることを想到するものではないと主張するが、引用例2記載の身体保護用の輪状部材を足掛金具の両端に固定する技術を引用例1記載の安全網を取り付ける際に採用するについて、取付け箇所として、足掛部の両端部の他に、取付け基部とか支持部が考えられるとしても、かかる複数の箇所のいずれを選択するかは当業者が必要に応じてなし得るものであり、足掛金具の足掛部の両端部を取付け箇所として選択することが特に困難であったとは認められないから、原告の上記主張は採用できない。

したがって、壁に足掛金具を埋設した昇降用定置梯子に引用例1記載の考案の安全網を取り付ける際に、引用例2記載の技術を採用して、安全網の輪状部材を足掛金具の足掛部の両端部に固着することは、当業者が必要に応じてきわめて容易に採用し得た程度のものであると認められるから、審決の相違点2についての判断に誤りはない。

(5)  よって、取消事由はいずれも理由がない。

4  以上のとおり、原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 押切瞳)

別紙図面1

〈省略〉

1…壁面

2…足掛金具

6…輪状部材

8…保持材

10…円柱状の枠体

別紙図面2

〈省略〉

別紙図面3

〈省略〉

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